大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和41年(オ)115号 判決 1970年9月08日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人水崎幸蔵の上告理由第一点について。

原判決は、上告人の本件土地についての時効取得の主張に対し、上告人がその主張の頃(昭和二一年一二月中)所有の意思をもつて本件土地の占有を始めたとの点については、その主張に添う原審における上告人(控訴人)本人の供述は信用できず、ほかに右主張事実を認めるに足りる証拠は存しない旨認定判示して、上告人の主張を排斥しているのであつて、その説示はやや簡略のきらいはあるが、占有開始の事実をも含む上告人の前示主張を全体として消極に判断したものと解することができ、この判断は、本件記録に徴し是認しえないものではない。したがつて、上告人がその主張の期間本件土地の占有を継続したことの要件を欠く以上、所有の意思の有無を問うまでもなく上告人の時効取得の主張は理由がないのであるから、右主張を排斥した原審の判断は結局正当であつて、判決に影響を及ぼすべき立証責任の転嫁その他所論のような違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について。

所論は、同一物件について複数の者を被告とする所有権確認訴訟がいわゆる必要的共同訴訟であるとの前提に立つて、上告人の本件土地の所有権確認の請求が、第一審被告Eとの関係では認容され(第一審で確定)、被上告人らとの関係では棄却されたことをもつて、民訴法六二条違反または理由不備、理由齟齬があると主張する。しかし、右のような各請求は、それぞれ独立であつて、必要的共同訴訟ではなく、この理は、共同相続による共有名義人らを被告とする場合にも変りはない(最高裁判所昭和三四年七月三日第二小法廷判決 民集一三巻七号八九八頁参照)。物権はその実体上の性質として対世的な効力を有するといつても、その確認訴訟において、結論がたまたま各被告につき区々たるものになりうることは、民事訴訟の弁論主義、処分権主義の帰結であつて、やむをえないところである。所論は、右と異なる見解に立つて原判決の違法を主張するものであつて、採るを得ない。

同第三点について。

所論甲一号証の一(贈与証書と題する書面)のD名下の印影が同人の印章により顕出されたものであることは、当事者間に争いがないのであるが、かような場合には、反証のないかぎり、その印影が本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定すべきで、その結果民訴法三二六条により文書全体の真正な成立が法律上の推定を受けることは、当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和三九年五月一二日第三小法廷判決、民集一八巻四号五九七百)。しかし、右印影顕出の真正についての推定は事実上の推定にとどまるから、原判決が引用する第一審判決が、上告人がDと同居中でDの印章を自由に使用できる状況にあつたとの事実を認定したうえ、甲一号証の一の記載内容自体についての疑点、作成の必要性の首肯しがたいこと等、D作成の文書であることが疑わしい事情を経験則上判断し、これとあいまつて前示Dの印章顕出の推定を破り、その真正を否定したことは、原審の自由心証に属するものとして許されるところであり、右認定は、当裁判所としても是認しうるところである。したがつて、所論証拠法則の違反を認めることはできない。

論旨中その余の証拠法則違反ないし証拠判断遺脱の主張は、いずれも、その実質は、事実審の専権に属する証拠の取捨、判断、事実の認定を非難するに帰し、探るを得ない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下村三郎 裁判官 田中二郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美 裁判官 関根小郷)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例